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おしゃべり散歩道2005

プチ新婚旅行

 うららかな春、夫と私、両家族で小豆島の内海町を旅しました。なぜこの場所かというと夫の実家(宮崎)と私の実家(千葉)のおよそ中間にあたるから。また、私が小説”二十四の瞳”の舞台、内海町をこよなく愛していることを夫が知っていたからです。両家族は岡山で待ち合わせ、フェリーで小豆島へ。船が進むと、あと白波が1本の道になり春の陽光に輝いていました。
 港に着くと白髪長身の大森喜代治さんたちが迎えてくれました。78歳の大森さんは私の文通友だちで、実際に分教場で学んだ経験をお持ちです。彼のおかげで二十四の瞳をより身近に感じ、臨場感を味わえます。
 「よー来てくれたねー、新婚旅行に」と大森さん。「え?」とみんな顔を見合わせてしまいました。大森さんは町長の坂下一朗さんをはじめ、町の方々に私たちが新婚旅行で小豆島を訪れると伝えていたのです。「それもいいよね」と私たちは笑いながら、”プチ新婚旅行”と名付けました。
 その夜、町長さんたちが開いてくれた夕食会で夫は「二十四の瞳はヤツメウナギを3匹飼っていることだと思いました」と冗談を言ってみんなを笑わせました。翌日は大森さんのガイドで岬の分教場や映画村、オリーブ公園などを見学。行く先々でおもてなしを受け大名旅行となったのです。
 二十四の瞳を書くきっかけになったといわれる壺井栄さんの夫、繁治さん(詩人)の生家は海から少し坂を上ったところにひっそりとたたずんでいました。2階の部屋から分教場跡の公園が見え、その公園に行くと小さな石碑が。そこには繁治さんの言葉が優しい文字で描かれていました。
 「石は億萬年を黙って暮らしつづけた その間に空は晴れたり曇ったりした」。マラソンよりも長いだろうこれからの人生を、私も時には石のように黙って走り続けたい、と心を強くしました。

(共同通信/2005年3月23日配信)

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