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おしゃべり散歩道2006

自分レース 貫き通す

 小雨がエンジ色のグラウンドを一層濃くし、スタート前の選手達の緊張を飲み込んでいるようでした。3月12日、名古屋国際女子マラソンは、弘山晴美さん(資生堂)のマラソン初優勝に沸きました。弘山さんの長年に亘るひたむきな努力を振り返りながら、目に涙を溜める関係者が多かったのです。
 そしてこの日はもう一つの感動がありました。それはスタート直後から雨を切り裂くように飛び出した渋井陽子さん(三井住友海上)の走りです。
 スタート後、私がスタジアム内の監督ルームに行くと、中は大騒ぎ。ペースメーカーよりも10m以上も前を走る渋井さんに対して「いくらなんでも速すぎる」と半ば呆れながら心配する声が。それは当然のことで、これまでペースメーカーを無視するように走る日本選手はいなかったのです。
 ただ私は心配しながらも、これが渋井さんなのだと思いました。彼女はアテネ五輪をかけた2004年の大阪国際女子マラソンで、誰もが牽制し合った遅いペースに巻き込まれ、全く自分のレースが出来ず、悔し涙を流しました。今回は“自分のレース”をしたかったのでしょう。
 渋井さんは8q地点で集団に追いつかれましたが、11qでまた集団から飛び出し、その後は差を広げるばかり。弘山さんに40q過ぎで追い抜かれるまで、一人旅でハイペースを刻み続けました。
 こんな思いっきりのいいレースを見ながら、私はトリノ五輪での荒川静香さんの演技を思い出していました。必ずしも得点にならないが、自分の持ち味である“イナバウアー”を演技に入れて勝った荒川さん。自分を貫き通すという意味では渋井さんに同じ意志力を感じます。
 レース後、「悔いなしです」と活き活きとした表情で話した渋井さん。誰に何と言われようが自分の走りを押し通す、その強さに次の彼女のレースが待ち遠しくなりました。

(共同通信/2006年3月13日配信)

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