一歩一歩我慢の時間を
常夏の楽園の早朝。涼しい風にヤシの木が揺れ、波音に緊張感が和らぎました。日の出を待つ東のハレアカラ山が月明かりに浮かぶ頃、私は6年ぶりのフルマラソンを走るため、マウイマラソンのスタートラインに立ちました。目標タイムは5時間。どうしてマラソンを走る気になったかというと、児童文学を書き始めたから家に篭る時間が長くなり、体重が3sも増えてしまったからです。マウイでフルマラソンを走ろうという夫に便乗し“ダイエットマラソン”のつもりで臨んだのです。
5時半スタート。暫くは左右に山を眺めながら、サトウキビ畑の間を走りました。朝日に照らされたサトウキビが風に揺れ、それは森山良子さんの歌う「さとうきび畑」の風景のよう。「ざわわ、ざわわ、ざわわー」と自然に口ずさみ、幸せな気持ちだったのです。
ところが、28q過ぎから急に脚のバネがなくなり、それをカバーしようと腕を大きく振っていたら、胸と背中の筋肉がパンパンに張ってしまいました。それからゴールまでの何と長かったことでしょう。
35q手前からは自分の足取りの遅さ、重い身体を押しての一歩一歩が、まるで雫がポタリポタリと落ちるような感覚すら覚えました。それでも止まることなく進んでいればゴールは近づいてくる。あと40分の我慢、あと20分の我慢と自分に言い聞かせながら、4時間43分でゴールできました。ゴール後は全身が痙攣するほど疲れ切って、救護テントで点滴を受けたのです。
最近、“我慢する”ことが少なくなっていたので、久しぶりに我慢の時間を得て「マラソンから教えられた」と思います。どんなに小さな一歩でも、進んでいれば必ずゴールに近づける。ゴールに辿り着くためには一歩一歩進み続けなければいけないんだということ。人生にも言えると思います。
(共同通信/2006年9月25日配信)
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