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おしゃべり散歩道2004

女子マラソン野口「金」 指導者の緻密さ背景に

 小柄な野口みずきが、大きな大きなストライドでアテネ・勝利の道を走り抜けた日、沿道から何度かオリーブの葉が舞い落ちた。アテネ市民は、「驚嘆」と「喝采(かっさい)」の声をその葉にのせた。あの日から、グラウンド、街中で「こんにちは」と、よく日本語で話しかけられる。
 昨日は、女子1万メートルに出場する福士加代子の練習を見にグラウンドへ。モロッコの長距離選手から、「日本の女子マラソンが強いのはなぜだ?」と不意に声をかけられた。一言で言うのは難しいと思いながら、私は「監督、コーチの緻密(ちみつ)さかな」と、答えを出している自分に気がついた。
 野口が勝ったあのレース。数日前から藤田信之監督は「30キロを過ぎて15〜20人の集団なら勝てない」と話していた。野口、広瀬永和コーチとともに何度もコースを下見、試走。勝負は「25キロからの上り」と決めていた。32キロからゴールまで下る。173センチの長身ポーラ・ラドクリフ(英)は、そのストライドを下りでフルに生かしてスピードを上げるだろう。きゃしゃな野口が、ストライド走法とはいえ、歩幅が違いすぎる。ましてや野口は下りが苦手だ。「コース」「相手」「自分の苦手」を熟知した上での作戦だった。
 シドニー五輪の時。高橋尚子と小出義雄監督はコースを10回試走し、勝負どころは33キロ過ぎと決めた。そして、その場所を宿舎にし、朝に晩に走り、スパートの感覚をつかんで勝利したのだ。このように緻密な作戦が生かされるのは、指導者と選手の間に深い信頼関係があるからなのだろう。
 ちなみに今回、2位のキャサリン・ヌデレバ(ケニア)は「コースに対するチャレンジ精神がうせるから」という理由で一度も試走をしていない。レースでは上り下りのペースの変動が大きかった。
 日本の「緻密さ」は、女子マラソンに限らないと思う。女子バレー、サッカー等々、この用意周到ぶりが日本女子スポーツの躍進につながっているのではないだろうか。また、個人競技においては、男性指導者と女子選手との相性がぴったりはまった時、マラソンの野口や競泳の柴田亜衣のように偉大な力を発揮できるように思う。それは男子選手が男性指導者を見る時の「観察」するような目とは違い、「信じ込む」ところから始まっているからだ。更に、取材の中で女子選手から「五輪は最高の自己表現の場」という声を多く聞いた。「表現」という言葉はほとんど男子選手からは聞かれない。男性はスポーツを戦いの場というとらえ方が強いのだろう。マラソンが最も注目される「表現の場」である以上、日本女子の活躍は続くだろう。

(朝日新聞/2004年8月26日掲載)

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