有森裕子さんを支えた家族
12月にしては珍しい積雪となった岡山。23日に行われた山陽女子ロードレースの前日、私はアニモ・ミュージアムを訪ねました。玄関で出迎えてくれたのは“アニモ”本人。有森裕子さんです。白い建物は北欧の森の中に立つ別荘の趣き。中に入るとご両親が温かく迎えてくださいました。
木のぬくもりに包まれた館内は大きな立体アルバムのようです。有森さんの幼少の頃の写真から卒業アルバム、中学校の時に履いていたバスケットシューズ。そしてバルセロナ五輪の銀メダル、アトランタ五輪の銅メダルと並んで飾られているのは復活のレース北海道マラソンの優勝メダル。大事に保管していたお母様の愛情を感じるものばかりです。
なかでも有森さんがお母さんに宛てた数々の手紙は印象深いものでした。例えば、大学卒業後リクルートランニングクラブに入社して間もなくの頃“お母さん、しばらくは帰ってこないと思う。私なりに納得のいく結果を出すまでは。”という旨のもの。それはその時の葛藤や情熱、決意を素直に表すのもので、彼女の一途さ、一生懸命さが自筆の文字を通して伝わってきます。有森さんは必ず良い結果を残す前に、心を整理し覚悟を決めるかのように母に手紙を書いていたこともわかりました。
「お母さん、風邪ですか?」私の隣で丁寧に説明して下さるお母さんの声がかすれていました。「しゃべり過ぎなのよ」すかさず有森さんが答えます。奥の本棚には有森さんが書いた本と並んで、お母さんが娘について書いた本があります。「私のよりも母の本のほうが売れているのよ」と。なんて微笑ましい光景だったことでしょう。入り口でお父さんがミュージアムを訪れるお客様が滑らないようにと、静かにスロープの雪かきをしていました。
スポーツに勉強に、何かに一生懸命打ち込んでいる若い人たちがここを訪れると、きっと自分を支えてくれている人のありがたさを想い涙がこぼれることでしょう。
(共同通信/2005年12月25日配信)
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