まだまだ陸上競技のために
「新聞見とらんのかいな、昨日発表しとるで」。電話口で藤田信之監督(シスメックス)の声が響きました。藤田さんは野口みずきさんをはじめ、数多くの世界的な選手を育ててきた名監督。70歳を機に、10月1日付けで監督を勇退。これまで副監督だった教え子の廣瀬永和さんに指導のたすきを渡したのです。この日は他チームの監督と飲んでいる席からの電話。
1968年から指導の道を歩んできた藤田さんが素晴らしいのは、400mからマラソンまで全ての中長距離種目で教え子が日本記録を作っていること。コーチ時代に育てた選手に河野信子さんがいます。彼女を中心に、4人の選手が23回も中距離種目で日本記録を塗り替えました。そして、その中距離のノウハウでマラソン選手を指導し、真木和さん(アトランタ五輪代表)や野口みずきさんを育て上げたのです。
作戦も緻密。アテネ五輪では野口さんの一番のライバルと言われたラドクリフさん(女子マラソン世界記録保持者)を研究。コースの上り下りを細かく調べ、「173cmの彼女に、ラスト10kmの下りをガンガンいかれたら、150cmの野口は敵わんわ」と。勝負所を25km地点の上りと決め、その通りに走った野口さんは金メダルに輝いたのです。
藤田さんの口癖は「たまたまやん」。選手が優勝しても、ゴールでそう言うのです。負けず嫌いの野口さんは、発奮させられ強くなりました。2003年パリ世界陸上で銀メダルを取り、初めて監督に褒められ、「銀メダルより、監督の嬉し涙のほうが嬉しい」と言って泣いた野口さんが忘れられません。“藤田ランニングアカデミー”を全国各地で行い、若手を発掘・育成している藤田さん。まだまだ働いて頂かなければいけませんね。
(共同通信/2010年9月13日配信)
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