太鼓の音に
一カ月にわたって私の一部を占めていたワールドカップの興奮がまだ、覚めやらない。小雨そぼ降る6月30日。横浜国際総合競技場へ決勝戦を見に行った。私の席はちょうど陸上100メートルのゴール地点一階席。後半戦は攻めるブラジル選手たちが遠くに見えるところだった。
ブラジルチームを応援した。なぜなら二十代のころ、私はアメリカ留学中にブラジル人のコーチ、ルイーズ・オリペイラ氏に陸上の指導を受けた。彼のなんと朗らかだったことか。おかげで私は明るくなった。
「ダンダラダーン、ダンダラダーン」
隣の席には、おでこを緑色に塗ったブラジル人のおじいちゃんサポーターが。彼は腰に巻いた細長い太鼓をうれしそうに鳴らし続けている。
聞いたことがないリズム。でも、なぜか懐かしい。遠くの席からも同じようなリズムの音が聞こえてきた。6万9000人余を数えた観客の七割は、ブラジルの応援だった。
ピッチでは、ブラジルが2点目を目指した。黄色のユニホームがますます朗らかな色に見える。彼らは、知らない間に当意即妙の動きで攻撃を組み立てた。
まるで一つの生命体だ。それになんと見事なボールさばきか!
彼らがボールを追うというよりは、ボールが彼らの足元にまとわりついてくるという感じ。太鼓の音が一段と高鳴った。
夜の光に濡れる緑の芝生の上。黄色い彼らが戯れた。そして、ノスタルジックな太鼓の音に、私は14年前にサンパウロで見かけた、草地でボールを追いかける少年たちの姿を思い出していた。
(東京中日新聞/2002年7月3日掲載)
|