武蔵と私
最近の「武蔵ブーム」がうれしい。吉川英治さんの小説「宮本武蔵」は、選手時代の私の愛読書だった。あの本にどれだけ助けてもらったか。
スランプの時は「人は苦しい時の方が成長する」と教えられた。ライバルのことが気になって自分が見えなくなったとき、本の中で武蔵が弟子の伊織に言う「あれになろう、これになろうと焦るより、富士のように黙って自分を動かないものに作り上げろ」の言葉に目が覚めた。
そのことをご存じの方がおいでになったのか、先日、NHKラジオの「武蔵特集番組」にお招きを受けた。歴史小説家の童門冬ニさんとご一緒だった。童門さんは、優しいお顔に笑みを絶やさない方。「本当の武蔵」のお話が面白かった。 「巌流島の時、佐々木小次郎はぼくくらい、70のおじいちゃんだったんですよ」。エーッ。燕返しの小次郎は、ハンサムでスマートなイメージだったのに。武蔵は20代だったとか…。 童門さんによると「武蔵ブーム」は20年ほど前にも起きたとのこと。米国のレーガン大統領が来日したときに、日本の治安がいいのと、国民一人ひとりのマナー、立ち居振舞いの心の持ち方に感動されたらしい。 何が心の教育になっているのかを問われた、ある日本人が「一人ひとりの中に宮本武蔵が生きているからです」と毅然と答えたらしい。洒落た人がいたものだ。それから米国でブームが起こり、日本へ逆輸入された。 でも、今、なぜ武蔵なのだろう。若者も大人も「もっと自分に自信を持ちたい」と思っているのかもしれない。自信は、中国語で「自強」と書くけれど、強くなれなければ自信は生まれない。私もまたゆっくりと武蔵を読みたくなった。
(東京中日新聞/2002年9月18日掲載)
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