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おしゃべり散歩道2002

「ノー」と言わない環境

 中教審委員として時々、小学校訪問を行っている。先日、横浜の小学校を訪れたときのこと、5年生の慎太郎君という男の子が、大きな目を輝かせて「将来は総理大臣になりたい」と言った。その表情豊かな少年を、クラスメートたちが励ました。「慎ちゃんなら、きっとなれるよ」。明るくなごやかなムードに包まれた。
 この日は雨。子供たちと一緒に走ったり、サーキット(体力作りの体操)をすることができず、じゅうたんが敷かれたリビングでお話をした。とても、体を動かせるスペースではなかったが、ともかく「私がするのを見て、形を覚えてね」といくつかの体操を紹介した。すると、多くの児童たちもすぐ反応して、窮屈な中でもまねをしようとする。「なんて自由で伸びやかなんだろう」と私の口もとはゆるみっぱなしになった。
 この学校は面白い。まず授業の始まりと終わりのベルがない。だから、自分たちで始めようとしないと授業が始まらない。さて、私の授業が終わって、みんなそれぞれのクラスに戻ろうと、グシャッと積み上がった上履きのなかから自分のをさがそうとした。すると、先生が「どれでもいいから一足もっていけばいいよ」と言った。
 その言葉に児童たちは上から一足ずつ持ってクラスに帰っていった。「自分が、自分が…」ではなく、他人を認めるおおらかな心は、きっとこんなところからはぐくまれるのだろう。
 ふと、ノーベル化学賞を受賞された田中耕一さんの周辺を思った。「変人」と呼ばれる彼のエピソードのなかで、「電車の一番前に乗って、ボーッと外の景色をながめているのが好きだった」というのが印象深かった。多分、周りがそんな田中さんを「何やってるの!」とたしなめる環境であったら、今日に至らなかったのではないだろうか。だから、「総理大臣になりたい!」と言った慎太郎君に「なれるわけないじゃーん」と言わない環境(クラス)も、すごくすてきだと思う。

(産経新聞/2002年11月5日掲載)

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