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おしゃべり散歩道2006

日本選手権五連覇の陰に

 今日は何を言うかな、私もついつい口元が緩んでしまいました。6月30日、神戸総合運動公園で開催された第90回日本陸上競技選手権大会、女子1万mの優勝インタビュー。優勝した福士加代子さん(ワコール)ほど、そのコメントを楽しみにされる選手はいないでしょう。顔いっぱいに広がる笑み。この日は「5連覇おめでとう。どうでしたか」という記者の問いかけに「最後はディープインパクトみたいにムチを入れました」と福士さん。周りは笑いに包まれました。
 実は福士さんとディープインパクトの誕生日は3月25日で同じ。国内に敵がいない最強の競走馬・ディープインパクトは今秋、フランスの凱旋門賞に挑戦しますが、日本に敵なしの福士さんも海外のレースに積極的に出場し、自分を試したいと思っている所が共通しています。
 ところで彼女は底抜けに明るく、苦しさを微塵も見せない人ですが、今回の連覇(女子5000mも優勝)の陰には暗い出来事がありました。1ヶ月半前のレースで左ヒザを痛め、1ヶ月は走ることができず、水泳とウォーキングの毎日。私はそのことを永山監督から聞いていました。ですから、いつもなら最初から先頭をハイペースで飛ばす彼女が、自重し後半にスパートして勝ちにいくレースに徹しました。レース後「コンディションは本当によかったの?」と私が尋ねると、彼女は“ニカッ”と大きく笑い「YES!はいデス」と。苦しみや弱みをすべて笑顔で包み込んでしまうのです。
 アテネ五輪の前にも足を痛め、直前までトラックでの練習が出来ませんでした。それを一切言わずに、本番では先頭と1周遅れでゴールイン。どうしたんだ福士、という空気の中、本人は涙をぐっとこらえた笑顔で競技場を後にしました。人目から離れたサブトラックでクールダウンを行う彼女の頬に涙が流れていたのを、私は忘れることができません。

(共同通信/2006年7月3日配信)

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