スポーツインテグリティの精神
先日の全米オープンテニスで優勝した大阪なおみさんが帰国。今の気分を聞かれ「眠いです」なんて言って笑う、インタビューでの自然体の可愛らしさに心が和みます。思い出すのは、大坂さんのコーチ、サーシャ・バインさんが試合の合間にコートに膝をついて、椅子に座った大坂さんより低い姿勢で会話する姿。バインさんの指導は上から目線ではありません。「伝わるように、いろんな言葉を探す」ことに心掛けているそう。指導のお手本と言えます。
それに対して日本のスポーツの現場はどうでしょう。日大のアメフトに始まり、レスリング、ボクシング、体操、日体大の駅伝部など、雨後の筍のように問題が噴出。多くは自分の立場を利用してのパラハラの問題ですが、これらの根本の問題は、協会や連盟の長に「競技のトップ」がついていること。組織の長には「組織のプロ」がつかなければいけないと思います。というのも競技の長だと大学の派閥があったり、先輩後輩の力関係が働いたりするからです。これでは選手のための組織にはなりにくいです。
ただ、こうしてスポーツが世間から厳しい目で見られていることは、古い体質から脱却する上では大事なこと。スポーツ庁から、様々な協会や連盟に文書が送られました。その中には勝利至上主義ばかりを追い求めるのではなく、「スポーツインテグリティ」の精神を大切にとありました。つまり、スポーツの誠実性、健全性、高潔性を大切に考えて欲しいというもの。深く共感します。2020年のレガシー(遺産)が言われる中、そこに向かうこの動きこそ、レガシーになるのでは。未来、「あの時から日本のスポーツが良くなった」と言われたいです。
(共同通信/2018年9月14日配信)
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